「イクメンの星」紹介 第10回 イクメンの星
 天宮 賢也 (あまみや たかなり)

    30代男性 掲載ニックネーム:天宮 たかなり 工業高校勤務 お住まいのエリア:群馬県
育休・育児体験談

3姉妹(6・5・3歳)の父です。長女が生まれ6年半、専業主夫です。
妻が産休から仕事復帰をした当初は、赤ちゃんと二人きりで昼間どう過ごしたら良いのか不安でしたが、不安がっている間はなく、妻が母乳を飲ませる以外のこと、炊事、洗濯、掃除、買い物、育児を100%行いました。

育児本を熟読実践し、離乳食は調味料や添加物に気をつけました。
天気のよい日は長女をベビーカー、次女をおんぶするスタイルで周りの視線が気になりましたが、今しか出来ない育児経験に幸せを感じました。 長女、次女と幼稚園に入園してからは、送迎をし、園の行事には全て参加しました。
三女をおんぶしながらPTA会長となり、我が子は保育時間中に僕を見つけるととてもうれしそうにニヤニヤしていました。
僕は子どもたち以上にうれしくてラッキーだと感じました。

育児経験を形に残したいと思い、妻の協力のもと幼稚園の教員免許を所得しました。 料理にも目覚め、お菓子作りは趣味になりました。出来栄えはママ友にも大好評です。 また子どもと一緒に料理をすると感性や表情、新たな発見ができて最高です。

今年の3月まで福島県に住んでいました、震災でマンションは全壊になりました。
2日間家族が離れ離れになってしまい、無事再会出来た時には家族の絆を強く深く感じました。
4月からは群馬県に移住して新たな生活を始めましたが、子どもたちが不安を感じないよう、がれきの中から子どもたちの工作やおもちゃを探して運びました。

移住と避難が同時でしたが、僕も4月からは兼業主夫となりました。
それでも子どもが大好きな僕は幼児を対象に、工作・科学実験教室をボランティアで行っています。
長女は小学校1年生となり、今度は小学校の絵本ボランティアの読み聞かせに参加したり、二人の子どもが新たに通う幼稚園にいって実験教室を開いています。
これからも子どもたちが何歳になっても育児をするお父さんとして子どもたちから離れません!


 KM

    40代男性 掲載ニックネーム:KM 会社員 お住まいのエリア:東京都
育休・育児体験談

出産後2ヶ月がたった時、妻が産後うつを発病してしまい、生活は一転しました。
もともと病気を持っていた様ですが、今回は、重症だと診断されました。

最初、出産した病院の精神科に行ったのですが、「産婦人科や小児科との連携は一切しません」と 冷たくあしらわれ、急遽、他の病院を4箇所くらい探し回りました。
見つけた病院では産後うつという状況を考慮してくれ、母乳に影響のない薬を選んでくれたり、 婦人科の先生と連携して処方してくれたりと、探せばあるものです。この病院には感謝してます。

また、子供の方は、母親が育児できなくなってしまったのですから、急遽保育園を探しました。
残念ながら、区の認可保育園は全滅で、しかも「本来、保育園は病気の為でなく、就業の為です」と わざわざ釘をさされるなど、役所の担当者は、大変辛い対応でした。
結局、認可外の私立の小さな保育園にお世話になり、1年半経った今でも、同じ園に通っています。

こんな状況なので、ある意味、育児休業を取得せざるを得ず、4ヶ月ほど利用しました。
ただ、計画的に取得したわけでは無い為、当座の生活費とか、税金や保険料など、 予定外の現金出費が発生し、妻の入院・治療費とあわせて、かなり厳しく、預貯金を 全て放出してしまった感じです。

今でも、妻は、常時伏臥状態で、外出もままならず、育児時間も制限されるなど、重篤な状態です。
また、祖父母のサポートも、ほとんど受けられないため、民間のシッターサービスなどの支援 を受けながら、育児時間短縮勤務を利用して、私一人で、育児と介護と仕事をこなしています。
会社からは、「男が、長期の育休や時短など使うのは、初めてだ」と嫌味をいわれますが、 まあ、だいぶ吹っ切れてきて、開き直って活用しています!

なかなか同じ様な境遇の方と知り合える機会もないのですが、何となく、投稿してみました。
これからも、がんばって生きましょう!


第9回 イクメンの星
 福井 聡

    30代男性 掲載ニックネーム:福井 聡 会社員 お住まいのエリア:神奈川県
育休・育児体験談

「私、働きたいんだけど・・・」

2010年5月、妊娠が発覚した際の、妻のその一言がすべての始まりでした。
当時、妻は専業主婦で、私が働いていたのですが、妻は教員になりたいという夢を持っていました。

その頃はまだ教員試験受験前だったので、「もし試験に受かったら僕が育児休業を取って子供を育てるよ!」
と半ば軽い気持ちで妻に伝えました。

半年後、妻は身重の状態ながら猛勉強で試験に合格。
2010年12月に無事元気な女の子が産まれ、妻が就職する2011年4月から、私が育児休職をとって
子供を育てることになりました。

いざ、一人で家事・育児をやってみると大変なことだらけ。
掃除・洗濯をしながら子供のミルクやおむつ替え、散歩や着替えなど、
色々やるとあっという間に夕方。
そこから大人のご飯を作り、子供をお風呂に入れ、寝かしつけ。
夜は夜で泣いて起こされ、ミルクをあげて・・・。
家事・育児は24時間対応であることを実感しました。

今まで「専業主婦なんて暇なんじゃん」とバカにしていた自分がいましたが、いざ自分でやってみると
仕事よりも大変。仕事はやった分だけ怒られたり褒められたり、色々な人に評価をしてもらえますが、
主夫業は誰に評価されるわけでもありません。
これまできっちりと家事・育児をこなしていた妻だけでなく、世の中の主婦を尊敬するようになり
見方が変わりました。

育児休職に入って3カ月が経ちましたが、徐々に育児には慣れてきて、
今では妻よりも私の方に子供がなついています。

子供と24時間一緒にいる日なんて、育児休職が終わって職場に復帰すると、もう無いんだろうなあと
考えながら、この一瞬一瞬を大切にして、職場復帰予定の2011年12月までを過ごしていきたいと思います。


第8回 イクメンの星
 三宅 拓

    30代男性 掲載ニックネーム:Tonsuke109 会社員 お住まいのエリア:埼玉県
育休・育児体験談

結婚当初から妻の体調が悪く、家事が出来ない日がある。
時には、外出さえ出来ない。

なので、妻の体調が悪ければ子供の世話や家事は、全て私がやっている。
参観日や学校の役員は私以外、ほとんどお母さんばかり。
でも、子供たちに寂しい思いをさせない様に頑張っているつもり。

朝は、妻が起きられないので私が子供達に朝ごはんを食べさせ、
子供達の準備をして小学校と保育園に送り、そのまま会社へ。
仕事が終わると家に帰って夕食の準備をしながら
小学生の長男の宿題を見る。その後、入浴、寝かしつけ。
それから掃除・洗濯・片付けなどして寝る。

こんな毎日だけど、やってみれば家事や子育ては意外と楽しい。
妻や子供も喜んでくれる。
学校の役員も大変だけど、同じ親同士で横の繋がりも広がる。

子育てが始まって、今年で8年目。
しんどい時もあるけど、それだけじゃないから今までやってこれた。
子供達の笑顔は、何にも代えられない。
妻の体調も、ゆっくりだけど少しづつ良くなっているので、
二人で一緒に子供達の行事に参加できる日も近いと思う。

不謹慎だけど妻が病気で良かったと今は、そう思っている。
普通の妻ならこんなにも家事や育児に参加することは、なかったかもしれない。 子供達とこんな風に向き合うことも、なかったかもしれない。
家事や育児の大変さを知らないままで、居ただろう。
子育てに参加していることで、自分自身がすごく成長できた。
これからも日々、学んでいきたい。
大切な妻と大切な3人の子供達の為に。


第7回 イクメンの星
 丸山 和也

    20代男性 掲載ニックネーム:マルカズ 運送業 お住まいのエリア:東京都
育休・育児体験談

最近、3人目が産まれ、初の育休も経験しました。

2人目が通っている幼稚園では、有志の団体「わんぱく親父の会」というのがあり、積極的に育児に参加したり、父親ならではの発想で、子供達や日頃、育児をしている妻達を楽しませる企画を毎月行っています。

2ヶ月に1回は、「親父の会の妻の会」と称して、仕事から早く帰り、妻と育児を交代して、妻達だけの飲み会を企画したりして、楽しく育児をしています。

自分の子供以外にも、様々な子供達や父親達と向き合うことによって、更なる成長が出来そうです。

ちなみに、現在、第22代わんぱく親父の会の会長を務めています。


第6回 イクメンの星
 越智 聡

    20代男性 掲載ニックネーム:越智 聡 会社員 お住まいのエリア:東京都
育休・育児体験談

4歳と1歳の男の子のパパです。

長男が産まれた時は、深夜残業当たり前で平日は朝しか子供と会える時間がありませんでした。
自分の出来る範囲で家事はやっていたものの、夫婦共働きな事もあり2人目が産まれてからは奥さんにかかる家事・育児の負担がより大きくなってしまいました。

このままではいけないと思い、2ヶ月間の育休を取得し、その期間に自分と家族にとって何が一番大切なのか、奥さんと話し合い、そして深く考えました。

結果、半年前から育児時短勤務を取得する事にしました。今では、保育園の送り迎え~夕食~お風呂~寝かし付けと、あらゆる育児を奥さんと一緒に出来るようになりました。

料理も覚え、今ではパパが作る炒飯、焼そばは子供達の大好物になりました。

育児を通して、仕事をしているだけでは決して身に付かない経験をし、日々成長している事を感じます。

このまま、子供達と奥さんと一緒に毎日楽しく成長していきたいと思います。


第5回 イクメンの星
 林 靖雄

    30代男性 掲載ニックネーム:やっちん 会社員 お住まいのエリア:愛知県
育休・育児体験談

結婚してから10数年。訳有って離婚。

子供2人、12歳♂と7歳♂を引き取る。

普通のサラリーマンの為、当然仕事も普通に有り。時間の融通利かず。

そんな男が、突然家事・育児をすることになり四苦八苦。(現在進行中)

今まで大して家事も育児もしてこなかったもんだから、世のお母様方の大変さを身にしみて感じているところ。

毎日、仕事を終えてから下の子を迎えに行き夕飯。一緒に宿題をし、風呂に入り就寝。その後、片付け・洗濯・次の日のご飯の準備と大忙し。

その為か、やること優先になってしまい子供の相手が出来ず、現在上の子との関係が悪化中。

学校からは何度も呼び出しをされる始末。子育ては難しいっていうのを身にしみて感じております。。。

ただ、学校の先生やみんなに非常に迷惑をかけている中、大変恐縮ですが子供のおかげで、加速度的に自分が成長しているのを実感しております。

それでも子供との良い関係が出来ず、頭を悩ませているのが現状です。

問題は自分にとって必要だから起きるもの。

また、その問題が大きければ大きいほどクリアした後の喜び・成長は大きい。

子供もこれを乗り越えれば大きく成長するはず。しっかりと導いてあげたい。

母親がいない分、いる子以上に愛情を持って接していこうと思う。

大好きな子供たちのために
 堀川 佐渡

    30代男性 掲載ニックネーム:堀川佐渡 会社員 お住まいのエリア:東京都
育休・育児体験談

長男の時の「やってるつもりのいいとこ取り育児」への反省、それに純粋な好奇心から、次男の時に共働きの妻とバトンタッチして育休を取得。生後3ヶ月のベビーを連れての「完全主夫」生活を真冬の1月から3ヶ月半送った。
会社ママ友後輩とのランチや毎日2時間以上のベビーカーでの散歩、ママ学級へのパパとしての単身参加、公園でのビール♪など育休をトコトン楽しむと同時に、自分の人生を考え、家族との絆を再認識するなど「宝物のような時間」を過ごせた。

この育休体験を「その時だけの免罪符」にしてはいけないと会社でのキャリアを替え、それまでの営業職からワークライフバランス推進部門へ自ら希望して異動。復帰後から今も次男の保育園への送迎および夕食、風呂入れ、寝かし付けを欠かさない生活にチェンジし、日々生産性を高め仕事と家庭の両立を模索しながら続けている。

最近、「企業における男性育休取得の成功例」としてメディアや講演会等で話させてもらうことも多くなってきた。自分の経験を伝えることで、男性が育児に参画しやすい社会を実現する手助けができればこれ以上の喜びはない。しかしながらそのためにも、ひとりの父親として子育てを妻とともに泣き笑いしながら地道に楽しんでいきたい。

(ちなみに人生におけるかけがえのないパートナーである妻に対しては、日々感謝しながらも元来の口べたな性格のためコトバで伝え切れていないことを反省する毎日。しかしながら少なくとも誕生日、クリスマス、ホワイトデーのプレゼントは欠かさないようにしている。)


第4回 イクメンの星
 新田龍

    30代男性 掲載ニックネーム:新田龍 キャリア教育プロデューサー お住まいのエリア:東京都
育休・育児体験談

私が「ベンチャー企業でハードワーク」のサラリーマンを辞めて、独立することを選んだ大きな理由は「妻のキャリアを応援して、育児もしたい!」という強い思いでした。

子供は欲しかったのですが、共働きでお互いハードワーク。妻は仕事で実績を残していて、出産と育児でキャリアを中断させてしまうのは不本意だし、世の中にとっても損失だと考えたのです。

そこで、私自身が独立して時間の自由をつくり、家事、育児にも関わりながら妻のキャリアをサポートすることを決意。2005年に独立し、3年後女児に恵まれました。

現在は、朝8時~10時、そして夜18時~21時は「家事と育児の時間」として、再優先でブロックしてから仕事の予定を入れています。託児所の送り迎えや夕食の準備なども妻と分担。仕事にまわす絶対的な時間は減りましたが、その前提で予定を組むことでかえって効率的に時間を使えていますし、「限られた時間を大事に使おう」という意識になりますね。

ここまで育児に関わらなければ、得られなかったことは本当に多いです。

「昨日までできなかったことが、今日できるようになった」と成長に気づける喜び。

「自分たちの態度や口グセを真似している!」と気づいたときの反省。

「○○ってなに?」「○○するのはなぜ?」と聞かれ、説明するときの自身の学び…

常に自分自身も学ばされ、成長していることを強く感じます。そして、これまで自分自身を育ててくれた家族や、周囲のあらゆるものにも深く感謝したい気持ちになります。

どれだけ本を読んだり、体験談を見聞きしたりしても、実体験に及ぶものはありません。

ぜひ育児の素晴らしさを多くの人に体感頂き、子育てしやすい社会にしていきたいですね。


第3回 イクメンの星
 優パパ

    40代男性 掲載ニックネーム:優パパ お住まいのエリア:東京都
育休・育児体験談

2007年秋、子供が1歳になり妻が復職。夫婦ともにサービス関係の仕事に従事しており、休日・出社の時間等が不規則というなかで、育児・家事全般について夫婦で分業する生活がスタートしました。

仕事柄、家を空けることも多い妻に代わって食事の支度をすることもしばしば…。簡単かつ子供が喜んで食べてくれる離乳食づくり、仕事前後の送り迎え、就寝前の絵本読みなど、大変なことも多かった(現在も継続中)けれど、私の両親・妻のお母さんの協力もあり、保育園に入れない状況を何とか乗り切ってきました。

育児をするなかで痛感したことが、これまで自由に使えていた時間が大きく制約されるということ。入社以来、飲み会の誘いを断ることは稀でしたが、妻の復職後は参加機会も激減。今考えると、私の勤務先にも女性従業員が数多く働いており、育児関連諸制度の利用者も数多くいますが、「育児の主体的な担い手のみなさんが、当たり前のように開催される日本的な夜の会合をどのような想いで見ていたのかな?」などと考えると複雑な心境になります。今も多少後ろ髪を引かれますが、スケジュールが会わないときは仕方がないと割り切り、できるだけ早く子供を迎えに行くことができるようにと頑張る毎日です。

こんな生活の副産物として、時間の使い方が上手くなりました。もともと計画的に時間を使うことが苦手でしたが、子供の就寝後に読書や晩酌の時間を確保、社会人大学院通学時は、早朝に起床し、洗濯機を回しながら課題に取り組むなどの進歩がみられました。

子供に寂しい想いをさせてしまうときもありますが、父親として関われるときはしっかりと関わりながら、子供との時間が一般的なお母さんよりも少なく、寂しく感じながらも前向きに仕事に取り組んでいる妻をサポートし、もちろん自身の仕事も子育てを理由におろそかになることがないよう、子供とともに成長できれば良いな~と考えています。
 星野 就一

    40代男性 掲載ニックネーム:星野就一 お住まいのエリア:神奈川県
育休・育児体験談

2007年10月、双子の男の子が誕生した。就太は、生まれる前に肺に便が入り、自発呼吸ができず、即NICUに入った。

生まれたときは2000g。優太は、2200gで、元気でよかった。

就太に母乳を届けるために、1か月間、朝と夕方に病院へ通った。子どもの命のためと思うとなんでもできた。

このときから、仕事より子どもが大切だと思い、収入は減るが週3日の勤務とした。

子どもの成長に合わせて、働くスタイルを自分で選んでいこうと決心した。

二人の息子たちは、スクスク育っていった。お父さんとしての喜びは、初の寝返りが、朝起きたときに優太がゴロンってできたとき。そして、1歳1か月たったときに、夕飯の後に就太が、パッと立ち上がり、家族全員の歓声があがった。優太も負けじと立ち上がった。このときの一瞬は、かけがえない喜びだった。写真の連続撮影の嵐!なかなかお父さんとしては味わえない。

1歳半で保育園に預けることができたが、初めは大泣きする子どもたちを背にして仕事へ行くことが苦しかった。しかし、もうすぐ3歳になる息子たちは、保育園という社会に出てなんでも吸収していることがうれしい。

お父さんは、朝食の準備と、保育園の送り迎いが日課である。子供たちへの食事、しつけ、ぐずったときの対処に頭を悩ましている毎日が続いているが、やっぱり妻が私の先生である。


第2回 イクメンの星
 野村 亮太

    20代男性 掲載ニックネーム:たまパパ お住まいのエリア:神奈川県
育休・育児体験談

昨年の4月に妊娠が発覚し、上司に私の育休について相談したところ、お祝いの言葉とともに快諾をもらいました。ただ、それから休みに入るまでの1年3カ月間、「育休をとる必要があるのか」について何度も悩み、戸惑いました。

私の育休について、多くの方は応援してくれましたが、反発の声もありました。意外だったのは、反発の声は普段から親身になってくれる人からが多いこと。その分、心にも重く響きました。そのひとつ。「これからがキャリアの正念場。この時期のブランクは、今後に影響するだろうし、育休は本当に家族のためになるのか?」

この言葉は、その後何度も反芻することになります。実際、育休開始に近づくほど仕事が楽しくなり、休みたくない気持ちが湧きあがってしまい、気持ちの整理に苦労しました。

しかし、これは贅沢な悩み。私には休まない選択もあるのですから。女性は、出産時に必ず仕事を休まなければならない。妻の妊娠時、私はお腹が大きくなるのを見て喜ぶばかりで、そんな苦しみについて考えもしなかった。実際、彼女は悩んでいたのに。妻の苦しみは私も受け入れなければ、と覚悟を決めました。

そして迎えた育休。妻は職場復帰したため、私と娘、二人っきり。今までの生活の率直な感想は「育児は疲れるけど、こんなにも楽しいのか!」。

育児は予定通り進まないことばかりで、心身の消耗は予想以上。しかし、これを支えるのは、成長という心躍る発見です。ただ、この感動は心身に余裕があるから感じられるもの。余裕がないと、育児は非常に辛いものであり、急速に追い込まれることも分かりました。妻に助けられる度に、感謝と無理解だった反省、周囲のサポートの重要性を感じます。

すでに多くの発見に恵まれ、育休は仕事を休む価値のあるものだと確信しています。男の育休がもっと広がり、経験が社会で共有されることを切に願います。私は残りの4か月、頑張ります!


第1回 イクメンの星
 五十嵐 豊

    30代男性 掲載ニックネーム:五十嵐豊 お住まいのエリア:北海道
育休・育児体験談

第1子の誕生を機に、自営業の妻に代わって子育てに手を挙げました。社内初となる育児休業は取得も大変、しかも7ヶ月の育休が終わる頃には戻る部署が無くなってしまい、仕方なく専業主夫へ。

初めは孤独な子育て、密室育児だったけれど、次第に共感してくれる人たちが増え、子どもももうひとり増え、子育て広場や地域の子育て情報をまとめる組織の立ち上げ、講演会の企画、新聞でのイクメンコラムの連載、ブログでの情報発信、今年は地域のパパスイッチ事業など、地域の子育て環境の向上に取り組んでいます。

僕の子育ての力になってくれた多くのママ友、地域の人たち、行政の人たち。自分自身が助けてもらえたように、今度はこれから子育てするみんなを助けたい。子育ては仲間がいるともっと楽しい!

子育てに必要なことは、家族へのいっぱいの愛情、そして共感するチカラ。家族といっぱい一緒に過ごせる今の時間を大切に、子どもを育てることは自分を育てること…それを実感しながら日々子育てに向かい合っています。

兼業主夫田舎暮らし@北海道 http://tokachi.cocolog-nifty.com/blog/
 北橋 惇

    20代男性 掲載ニックネーム:こーめ お住まいのエリア:大阪府
育休・育児体験談

わたしは障害者で、高齢者介護施設の経理事務をしております。家庭は共働きで、もちろん、妻も働かなければやっていけない経済状況です。

妻も41になり、「女性として生まれたからには、子どもを産みたい」との希望で、わたし自身も子ども好きであることもあり、一大決心をして子どもを作りました。

無事、男児が産まれたのですが、育児も、経済状況も大変であり、「どうにもならない」と思っていたところ、職場の所長より、「最低限の出勤だけでいい、育休を取りなさい」との言葉を頂きました。

この言葉は本当にありがたく、それ以降、わたしは子どもの夜泣きにも、昼夜逆転生活を送ることができ、毎日毎日、息子の笑顔を作るために、息子と向き合うことが出来ています。

息子の可愛い笑顔が見れ、男性が育児をすること、認められることの大きさ、それによる家庭の幸せを、今、心から実感しております。

共働きが多い時代、この不況の折り、夫婦において夫の方が給料が低くても、男性の育児休暇というものは、なかなかまだ認知、理解されていないものです。

けれども、新しい社会作りの中で、さまざまな形が、今後生まれて来てもよいのではないかと思っています。

育児をする幸せ。

男性としてそれを感じられることに、今、心からの喜びを感じています。
 小谷 雅彦
    30代男性 掲載ニックネーム:まさやん お住まいのエリア:岡山県
育休・育児体験談

子供が生まれたころはとても忙しく毎日仕事で午前様という日々を送っていました。

子供が寝た後で帰宅。子供が起きる前に出社という生活だったので、子供達が自分の手作りの遊具で遊ぶ姿を思い浮かべながら、砂場、ダンボールの滑り台、ダンボールのお家を作ったり、週末には子供達と一緒に秘密基地やアスレチックジムなどを作りました。
(ブログでも紹介しています。http://96550625.at.webry.info/

最近は父親の子育てサークル「チーム・パパざかり」を結成したり、父と子で思いっきり遊ぶ講座「ちちとコくらぶ」の講師をし、自分だけでなく周囲のお父さんも巻きこんでイクメンになることを目標に子育て奮闘中です。
 西村 貴志

    30代男性 掲載ニックネーム:西村 貴志 お住まいのエリア:滋賀県
育休・育児体験談

2人目の妊娠時、妻が切迫早産で3ヶ月強の入院になりました。

そのころ長男は幼稚園に通っていたため、長男の幼稚園生活を支えるところから育児奮闘?が始まりました。毎日のお弁当作り、幼稚園の送迎、園に持っていくものの準備など、いろんなことを妻にまかせっきりだったんだと痛感しました。

次男が生まれたのち、1ヶ月間の『育児休暇』を取得しました。長期の入院生活を終えたばかりの妻には、生まれたばかりの赤ちゃんの育児は大変な負担をかけることになると思い、少しでもその負担を軽減したかったので、育児休暇を取ることを決意いたしました。
入院中からの急な出産でしたから、予定よりも1ヶ月も早く育児休暇に入ることになり、会社のメンバーにも大きな迷惑をかけることになってしまいました。でも、周りの人たちは快く育児休暇取得を認めてくれました。本当に恵まれた職場環境だったと思います。

1ヶ月間の育児休暇中、夜泣きでの1、2時間ごとの寝起き、おむつ交換、長男の幼稚園、それに家事と大忙しの1ヶ月間でした。(一番大変だったのは3食の料理かな。普段料理をしなかった分、苦労しました)大変な1ヶ月間でしたが、子供たちの成長を間近で見られ、また楽しくもある、本当に貴重な1ヶ月だったと思います。

もし、次、3人目に恵まれることがあれば、またぜひ育児休暇を取得したいと思っています。

育休を取得しようか悩んでおられる方、あるいはこれからお子さんが生まれる方、ぜひぜひ育休を取得されることをおすすめいたします。普段とは違う慣れないことをするので、大変なこともありますが、それ以上に得られるも、感じられるものも多くあると思います。お互いイクメンとして頑張っていきましょう!!
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